本物の霊能者を見付ける方法

当たる霊能者や当たる人気占い師とは?

潜在的な霊感

電話占いが日本に定着してから、当たる人気占い師を探す人々が増えています。当たる人気占い師はおおむね霊能者とも呼ばれ、霊視能力や霊感能力に長けているとされています。しかし、霊視能力も霊感能力も目に見えるものではなく、また、一般の人々に見えない過去のこと(前世がどうであったかなど)、あるいは、誰もまだ体験していない(体験できない)未来のことを語るので、どの人気占い師や霊能者が「当たる」のか、私たちにはよくわかりません。人気占い師や霊能者を探す私たちの側も、霊能者や人気占い師に対する正しい知識を持ち合わせて、正しい判断をしたいものです。

そもそもひと口に霊能者と言っても、その能力のルーツは中国やインド、パキスタンなどに広く分布しています。中国やインドは霊視・霊感の基本として仏教にルーツを持つことも多く、仏教の流れの中で日本人のある特殊な能力を持ち合わせる人々が霊能者となり、現在の人気占い師になっているとする説もあります。このようなルーツを持つ言葉として、日本では「神道」とか「アニミズム」という言葉があります。太古の昔から日本では山には神様が宿るとされていました。現在でも樹齢数百年を超える大木には神様を祭っているものがありますが、当たる占い師(霊能者)は、少なくとも以下の神様に関しては、信仰心を持っていると考えられています。

【1】神奈備(かんなび)

神奈備とは、山や木々に神様が鎮座しているとする考え方のこと。屋久島に行くと私たち一般の人も大木を見てそこに「オーラを感じる」というような言い方をすることがありますが、比較的万人が畏敬の念を抱きつつ、潜在的に霊感を感じる。

【2】磐座(いわくら)

磐座とは、大きな岩に対して信仰心を抱く行為のこと。海岸近くの夫婦岩(めおといわ)を海の安全の神様としてお神酒を絶やさないようにする風習であるとか、山道にある巨大な岩を山の交通安全の神様とするなどの思想。

上記【1】【2】ともに、常世(とこよ……神様の世界)と現世(私たちが生きているこの世界)とをつなぐ懸け橋の役割があるとされており、人気占い師や霊能者はこの常世と現世を自分の意志によって行ったり来たりできるという特長があります。この能力は一般的には目に見えない能力であるため、霊能者も私たち一般の人間も、一見すると同じように見えます。しかし、仏教の僧侶がひとたび祈祷を始めるとそこにオーラが出てくるように、霊能者もひとたび占いを始めると、その人格にオーラを宿してきます。

森羅万象に感謝をする心

身近な森羅万象

霊能者の2つ目の特長として森羅万象に感謝をする心を持っていることが挙げられます。私たちは両親や祖父母から「食べ物を残すとご先祖様や食べ物の神様のバチが当たるよ」と聞かされていると思います。日本においては食べ物(お酒やお魚、お肉、野菜など)に神様が宿っていると、長い間思われてきていました。現在でも「洋服を粗末にしたらバチが当たる」と思っている人もいるように、あらゆる工業製品にも神様が宿るとされています。一般の私たちは、何の気なしにご飯をいただいて、着なくなった洋服は適当に処分をしてしまいます。しかし霊能者は、生活を取り囲むすべてのものに常に感謝をしています。近所の神社に行くと、その神社の住職さんが参拝に来た私たちに手を合わせるように、なんでもないことであっても絶えず感謝の気持ちを持つ。こういう姿勢がある人を、本当の霊能者と呼び、そういう人が人気占い師というスターへの階段を上がっていくのです。

電話占いと軽く言うけれど

霊視能力を持つ

現代は電話占いが大ブームなので、多くの人が気軽に「電話占いでさあ」とか「あの人気占い師がさあ」と気安く口にしていますが、上で述べたように霊能者は平安時代から脈々と続く陰陽五行思想や密教思想を持ち合わせている人たちのことを指します。それらの思想を体得しようと思えば、ある程度の修行が必要不可欠です。タイに行くと僧侶の社会的地位は日本と比較にならないほど高いと言われています。通りで僧侶とすれ違うと、誰もが僧侶に手を合わせます。私たちは気軽に電話占いや霊能者を活用していますし、それ自体はとてもいいことであると思います。しかし、私たちの想像を絶するような修行をしてきて、霊能力、霊視能力を持っている霊能者を、私たちはもっと崇拝してもいいように思うのです。

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